ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第二十回】再度の食料危機転じ福?来たりめでたし

再度の食糧危機は突然にやって来た。それは中国の最初の港で、鉄鉱石の揚げ荷役の最中、明日の夕刻には、第二の揚げ荷港へ出港しようという前夜のことであった。

代理店からメールが来て「揚げ荷第二港の沖待ちは当初、5日間の予定でしたが、濃霧で荷役作業がストップ。船の入出港もできないため、最低でも15日間になる見込み」という内容だった。
「おーい、それはないぜよー」。

沖待ち5日間の予定だったから、長逗留の準備などしていない。15日間ともなれば、船としては相応の準備が必要なのである。

まず、生命線の第一は水だ。

本船には、清水タンクが2つあって、満タンで約400トンの保水ができる。通常、1日の使用量は約15トン。現残量は230トンだからギリギリ15日間、崖っぷちである。航海中であればメーンエンジンの廃熱利用で、日産約25トンを造水できるから、何ら問題ないのだが、停泊中はそれも叶わない。

中国港湾における清水の値段は、1トン当たり1米ドルが相場だ。しかし、当港の入港時に値段を聞いたところ4米ドルと言う。耳を疑ったほど群を抜いて高い。当港が本土から離れた島に位置することもあるのだろうが、どうも足元を見透かされている気がする。

さらに、清水を補給するには「特別な手数料100米ドル」が付加されるというのだ。これは怪しい。吾輩は、代理店がマージンを取っているものとにらんだ。そんなことから入港時に給水を断念したのだが、こうした事態になれば、背に腹は替えられない。悔しいがめちゃくちゃ高い給水をする以外手立てがないのである。

そして、第二の生命線といえば、もちろん食料である。

さっそくチーフコックを呼んで尋ねると、「次港の沖待ちは5日間、1週間後には食料補給ができると考えていましたから……。お米は、13日分しか残っていません」と言い、当惑した表情だ。

フィリピンクルーはよく食べる。部員の皆さんは大皿山盛り2杯飯が普通だから大変だ。おまけに野菜も足りないという。今回の事態は決して彼の落ち度でも何でもない。吾輩が何とかせねばならないのだが……、こりゃ困った。
 なぜならば、当港が離島にあることから、通常でも4、5日前にオーダーしないと補給できないと聞かされているのだ。

食料補給ができない最悪の場合を想定すると、ご飯食は1日1食にする。代替食は沢山残っているソーメンで凌ぐ。そんな手も考えねばならない。こうなっては「うまい、まずい」などといっている場合ではない。「食べるものがあれば良いのだ」と前向きに考えるべきである。とはいえ、フィリピンクルーには麺類だけの食習慣はない。きっと「ご飯でなければ力が出ない」と言い出すに違いないのだが……。

今回は緊急事態である。ちゃんと話をすれば、きっと皆も理解してくれるだろう。

まずは明日、早朝にも代理店に連絡し、水と食料の緊急補給を頼み込む以外あるまい。叶わぬ時はすべてを切りつめて、次の港に着岸して補給できるまで、何としても凌ぐほかないのである。

われわれは船乗りだ。洗濯は週1回、シャワーも3日に1回。汗臭くたって男所帯だし、こんなことで病気になるようなやわな輩(やから)はなどいない。幸いにも先任船長が麺類大好きで、乾麺が売るほどある。それを主食代用として凌ぐことにしよう。

そんなことを考えながら眠りについたものだから……、めったに夢を見ない吾輩が目覚めの悪い夢を見たのである。

吾輩のおぼろげな記憶だが、以前に中国で行ったことのある繁華街へクルーたちと繰り出していた。まるでアニメ映画「千と千尋の神隠し」に出てくるような街並みである。その一角に市場があって、スパイシーなにおいにあふれていた。大勢の人々でごった返し、それは活気ある喧騒のまっただ中にいる。われら一行は、民衆を押し退け、買い出しに夢中の態(てい)にあった。

なんだか悲壮感さえ漂っていて、クルーの目が血走っている。そう、バーゲン会場で奮戦するオバタリアンといえば読者にも想像にやすい。

生臭さも漂う市場には、豚の顔から足まであり、路上に置かれた魚には蝿がたかっている。なぜだか異様なほどにガチョウがたくさん吊るされていた。夢のはずなのだが、いろいろなにおいを感じるのが不思議だ。半分に割られたガチョウの頭もあって、以前、上海港の船食(港の食料補給業者)と行った中華料理店での食体験が尾を引いているようだ。

大変美味だったが、そのものズバリは、日本人の感性に刺激が強すぎて、腰が引けたのだが……、夢の中では、なぜだか竹の籠に次々に放り込んでいた。

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翌朝、さっそく代理店に清水と食料をメールオーダーして、その後に電話を入れた。

いつも応対がピリッとしない代理店だが、案の定、美味しい仕事(給水・食料補給の支払いに一枚かんで、中間マージンを取っているようだ)であるからして、すこぶる応対が良い。手際よく船食を連れてやって来て、あれよっという間に注文の食料は納品された。そして清水も給水バージがやって来て、あっという間に補給されたのだ。

何てこった。いつもならわずかな書類でも、もたついているくせに何たる早業。だが、「昼食はソーメンのみ?」という最悪の沖待ちは回避された。これで一応は「健康で文化的な最低限度の生活」が送れようというものである。結果はめでたし、めでたしであった。
B.Rgrds by Capt. Jima

(注)シリーズ第20回は「海員」09年5月号に掲載されたものです。

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