ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第十九回】裏小路に現実を見る 中国ドック街ぶらり

「ジーマ船長、一人で行くんですかー?」。心配顔のフィルクルーを尻目に、「今日は独り、街の探索だー!」。軽快な足取りでタラップを駆け下りたのであった。

吾輩の船が中国ドックに入って早1カ月が過ぎた。入渠前から工期は約2カ月となっていたので「こりゃ、のんびりできるわい」と思っていたのだが、まったくのあて外れ。のんびりどころか航海中より忙しい。

そんな毎日でも野次馬根性人一倍の吾輩は、何でも見てやる、やってやろう主義は忘れない。中国庶民の生活ぶりをじかに見てみたい。否、探ってみたい。そんな一心で独り街へと出かけたのである。

街は、といえば聞こえは良いが、ドックゲートを出るとすぐに、商店がひしめく喧騒な目抜き通りへと続く。ここはドックの職工や船員たちも買い物ができる界隈(かいわい)といった感じだ。

外国港では、保安上いつも日本人機関長と連れだって外出することにしている。ここでも何回か出かけたが今日は独り。この間の様子から物騒なことはないようだ。中国語はからっきしダメだが、身振りと筆談で何とか通じることも分かった。多少冒険だが、意を決したのである。

しばらく行くと、道の両側に西部劇で観るような掘っ立て小屋の町並みが現れた。看板はもちろん漢字だが、良く見れば何の店か分かった。そんな看板を眺めながら歩いて行くと、とある床屋に目が止まった。(そういえば、髪も随分伸びてきたなぁー)さっそくその床屋に入ることに決めた。

「英語は話せるか?」
「イエス!」
「髪のカットはいくらだ」
「はい、30元です」

(そりゃ安い! 1元約15円だから、約450円だ。この店、ドックに近いので外国人もやってくる。だから英語が話せるんだな)。独り納得しながらやってもらうことに決めた。

「前は1cmぐらい切ってくれ。後ろもバリカンででなくハサミでやってくれ…。あっ、そこはもう少し切った方が良い」。いろいろ小うるさく注文したが、言うとおりにやってくれるから素晴らしい!
「洗髪しますか?」

見回しても、近くに洗髪の設備がない。(こりゃ、奥のやりくった流しに連れて行かれて、洗われるに違いない)。そんな想像が頭をかすめ洗髪は止めた。20 分余りで手際よく男前が仕上がった。日本のように顔を剃るでもなし、マッサージがあるわけでもない。しかし、上手くて、早くて、安い!後日、その話をドック技師にすると、

えっ! キャプテン、30元は高過ぎる。相場は8元、高くても15元ですよ。そりゃ、マフィアだ!」(注・マフィアは船員英語でインチキの意味)。

話さねば良かったと後悔しても後の祭りであった。

イメージ

この街は、ゆっくり歩いても小一時間の広さだ。外国港では保安上、目抜き通りを歩くのが常なのだが、小さな街なのでちょっと冒険。路地裏を探訪することにした。

どの港街も人の流れがあって淀(よど)む場所がある。吾輩ほどに年を重ねた船乗りには、そうした場所を探り出す勘が身につくものだ。裏小路を彷徨(さまよ)っていても、いつの間にか面白そうな場所に行き着くから不思議である。

この日もそんな場所を探りあてたのだ。目抜き通りからの裏小路を人の流れに身まかせた。表通りから100mほど奥に入った一角だった。掘っ立て小屋が林立していて、ふだん着の庶民たちでひしめいていた。道端にシートを敷いて、海から獲ったばかりだろう魚介類が並ぶ。だが蠅(はえ)がいっぱい集っているのは感心しない。

季節は夏だが氷もない。小さな肉屋の軒先には、豚の頭や鶏の丸焼きが吊るし柿のように並ぶ。作業着を売る店をのぞいてみた。ドックの主任技師やマネージャーが着るロゴ入り作業着が売られていた。決してコピー品ではない。安全靴の値段を聞くと1足600円足らずという。値切ればさらに安値になりそうだ。(もしかして、本船クルーが盗まれた品々もありはしないか?)そう思って店内を見たが、ここにはない。

次に、人の出入りの激しい入り口があったので入ってみると、そこは屋根がドームの大食堂街である。3畳ほどの専門店が30軒あまり、壁ぎわに張り付くように取り囲んでいる。豚・牛・鶏などの肉料理、魚介料理、野菜炒め、果物、ラーメン、チャーハンなど注文に応じて料理する。

建屋の中央は、各店から持ち寄った料理を食べる100卓近くが椅子と一緒に雑然と置かれていた。

ドーム内の匂いが独特だった。的を得た解説は難しいが、つ~んと鼻をつくスパイス?の香りに肉や魚、野菜を煮炊きし、焼いて炒めたにおいなどが混ざり合って、強烈過ぎるにおいが鼻を突く――とでもいった感じだろうか。吾輩には馴染みのないにおいとハチャメチャな喧騒、人いきれが相まって気持ちが悪くなりそうで閉口した。

さて、値段はというと、野菜炒めが2元(30円)、鳥肉の照り焼きは3元(45円)と日本とは一桁違う。ビールは目抜き通りと同様で3元、これは変わらない。10元もあればビールと料理2品ぐらいは食べられる。

三々五々、テーブルを囲むのはドックの職工たちだろうか。むせ返るにおいと熱気の中で、日焼けした顔の汗をぬぐいながら、さぞ旨そうにいっぱいやっている。作業服は油にまみれ、髪の毛はヘルメットを脱いだばかりでくしゃくしゃだ。

こうした庶民生活は表通りでは見られない。現代中国の現実を垣間見た思いだった。外国の街は大胆かつ慎重に、ぶらり独り歩きも面白いものである。
B.Rgrds by Capt. Jima

(注)シリーズ第19回は「海員」09年4月号に掲載されたものです。

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