ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第十六回】メスマンが笑った

話は25年前に遡(さかのぼ)る。まだ吾輩が駆け出しの二等航海士だった頃のことだ。当時は日本人フル配乗船(日本人船員22~23人配乗船)があった時代だ。吾輩は船齢15年を過ぎようかという老朽タンカーに乗せられた。

この船は日本人船員9人で、たしかフィリピン人船員18人という構成だった。初めての混乗船でちょっと緊張したと記憶するが、まあ、乗ればなんとかなるものだ。

その当時から(今でも、もちろんそうなのだが)フィルクルーは皆とても陽気だった。最近は、ブスッとしてあいさつもしない日本人が多い中、彼らはいつもにこやかで明るい。朝、「グッド・モーニング・サー!」と元気がよく気持ち良い。そんな彼らの中にも、ちょっと変わった者がいた。それが件のメスマンである。

 「メスマンって何ぞい?」という人のために少し解説しておこう。英語では「Mess man」。「Mess」は軍隊用語で食堂を指す。船では部員食堂「Mess room」と職員食堂「Dining room」とは分かれている。

主として部員食堂を担当するボーイがメスマンなのだ。通常フィリピン人メスマンは商船大学(日本でいう短大か?)を卒業後、乗船実習がないままいきなり乗 船してくるのが常だ。

フィリピンの私立商船大学は地方にごまんとあるが、ただ机上学習をやるのみだから、「山出し」の船員ばかりである。

メスマンはだいたい20代前半で初乗船なので、緊張しながらもきびきびと動き、覇気がある。ところがこのメスマンは若いのに覇気がない。顔もフィルクルー 特有のクリクリした目にダンゴ鼻、日焼けの若者ではないのだ。どうもお父上が中国系なのだろう。日本人に似た風貌である。若干かげりがあって、愛想がな い。フィリピン人にしては珍しく口数も少ない。

攻撃的?な吾輩は、なんとか笑わせようとあれこれ策を弄したがにこりともせず、ただただ困り顔なのだ。初めて見る異文化人に警戒しているわけでもなかろう が笑わないのだ。

ある航海、日本に帰って来た時、このメスマンのガールフレンドから何と15通もの熱烈そうな分厚い手紙の束が会社から届いたのだ。「おっとメスマン、すご いじゃないか~。沢山ガールフレンドがいるの?」と聞いた私に、満面の笑みを浮かべて答えた彼は「いや、僕に女友達は一人しかいないんだ。だけどこんなに 来た。うれしい!」。

いやはや、まったく笑顔を見せたことのない彼でもやはり人の子よ~と思ったのである。何だかチョット彼と心が通じ合ったと思ってうれしくなった。

いくら陽気なフィリピン人とはいえ、やはりメスマンのような者が数人はいるものだ。何とか笑わそうとするのが私の楽しみだったのかもしれない。

船の雰囲気は船長以下職員の態度で変わるものだ。ゆかいな船長のもとでは船内は明るい。うるさ型で底意地悪い船長が過去にはいたが、そんな統率者の時は最悪で、暗くて陰鬱な空気が船内を漂うのだ。

そんなことを知る吾輩は、自分が一等航海士や船長になったら、とにかく船内を明るくしてやろうといろいろ考えてきた。笑いのある所、空気は弾み活気がみなぎるものだ。

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「パッチ・アダムス」という米映画がある。主人公は医者の卵で「笑いが病気を治す」と説く。たしか30代を超えてから一念発起して医大に入った主人公が、大学内を笑いの渦とし、縦横無尽に駆けめぐるコメディ・タッチの映画だった。この映画の中で特に気に入っている台詞がある。彼が石頭の学長に「笑いは、鎮痛作用たん白の分泌を促進、血液中の酸素を増し、心臓を活性化して血圧を下げ、循環器疾患に良い効果を与え、免疫性を向上させる」と言い放つシーンはまさに圧巻。

「病は気から」という諺もあるが、その場に笑いやおどけ心があると、物事がスムーズに行くことが多い。笑いやおかしさは、特に限られた船内空間では大切にしたい要素と思う。明るい船内からは活性化したサーキュレーションが生まれてくる。

話は25年前からいきなり現在に飛んできた。吾輩が乗る本船にも無表情というか、根暗というか、物静かなJ操機手が一人いる。乗船以来もう2カ月が経とうとしているが、彼の笑った顔を見たことがない。なんとか笑わそうと労するがダメだ。

昼からの半日を潰して、輪投げやバスケットボール・シューティングなどの船内レクを実施した。吾輩は忙しい時でも、何とか時間を割いて、船内レクを行う方針だ。忙しい時こそ息抜きが必要なのだ。 この日のJ君は、本人の運動神経のなさも手伝ってか、どの種目も入賞できなかった。非入賞者を救済すべく吾輩はクジを作り、夜の焼き肉パーティ後に景品が当たるカラオケ抽選会を行った。J君はこの順番クジでも12番中11番目。なんとブービーで、「彼にはビックな景品はないかもね~」とみんなが思っていた。

抽選会の趣向は順番にカラオケを歌って景品クジを引く。したがって次々に景品の山がなくなるというものだ。しかし、この日に限ってビック賞の一つ「DVDプレーヤー」が最後まで残っているのである。

11番目のJ君の番がやってきた。歌の方もお世辞にもうまいとは言えない。小声でボースンが言った。「なんだこりゃ歌じゃねえ。歌詞を読んでいるだけですがな」。朗読口調の歌が終わって、彼はいそいそとクジを引いた。

みんな大騒ぎだ。なんと「DVDプレーヤー」が彼の手に転がり込んできたのである。残る景品は50セントのチョコレートが一枚、丁半の確立に打ち勝ったJ君。今まで見たことのない満面の笑みがこぼれて、船内に「コングラチュレーション!」の声が飛び交った。
B.Rgds by Capt.Jima

(注)シリーズ第16回は「海員」09年1月号に掲載されたものです。

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