ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第十三回】船内トラブル 3兄弟

フィリピンクルーの船内トラブル三兄弟は、「ケンカ」「チャブチャブ」「ちょい待ち」である。

男所帯の船乗り稼業、中にはどうしようもない荒くれ者もいて、たまに派手な殴り合いへと発展することもある。長期の狭い鉄箱での暮らしだから、そうしたケ ンカが尾を引いて、殺傷沙汰に至る危険性だって十分はらんでいるのだ。大岡裁きの時代からケンカ両成敗! 吾輩もこれに優る秘策なしと考えている。そんな 場合は、情け容赦なく「両名共に下船せよ!!」と命令を下すのが良策なのである。

チャブチャブ――。つまり食事を意味する国際語。世界中、どこの国でも、ほぼ通じる合言葉だ。チャブチャブは、遠洋航路の船乗りにとって、大変重要な日中行事といえる。もちろん陸上でも欠かせない食事だが、とくに海上は、情報化時代にもかかわらず、ネットサーフィンはできず、電話も自由にかけられない。

世間から隔絶された環境の下での食事は、船内生活に潤いと安らぎを与えてくれる、極めて大切なものなのである。栄養補給や体力維持もさることながら、精神的健康を保持する上でも大変重要なのである。

先頃まで乗船していたセカンドコックは、ちょっと見、愛想が良いのだが、その実、チーフコックの言うことを聞かない曲者であった。ドック中、上陸して仕事に遅れても知らんぷりなど、「非常識を超える素行の悪い男」とのレッテルを貼られていた。そこに輪をかけて調理の腕が「今一(いまいち)」どころか「今三?!」で、フィルクルーから吾輩へ、やいのやいのと苦情も多く悩みの種であった。

朝食といえば、定番「目玉焼きとソーセージの半切れ」。来る日も来る日も同じで、閉口していた。きょうの昼食のメーンディッシュは唐揚げだったが、火の通りが悪く生っぽい。さらなる重大事は、くわえタバコで調理していたのかと疑うこともあるなど、苦情あるたびに、吾輩が口すっぱく言い聞かせていたのである。

そんなセカンドが先日下船して交代者がやって来た。彼は、前任者とはかけ離れた逸材で、数日後には、様々なビッグチェンジを企てた。

ギャレー(調理場)やチャンバー(食料庫)を見違えるように整理・整頓し、様変わりさせた上に、何よりも調理の腕が確かでスマートである。それまで「食事制限してたのか?」と思っていたチョッサー(一航士)が、むさぼり食べるようになったのである。曰く「今度のセカンドはスバラシイ!! 美味しくて、ついつい食べてしまうのだ」。

ギャレー仲間や他のクルーとの仲も和気あいあいとなり、めでたしめでたしである。

さて、今日のトラブル№1「チョイ待ち」の話に移ろう。

5・6年前から始まった「中国特需」を享受する世界の外航運業界は、未曾有(みぞう)の 活況にわく。

世界の大手船社は、物流の急増に乗り遅れまいと新造船を矢継ぎ早に建造している。これはリプレース(代替)ではなく純増なのだ。船台の予約は、向こう5年以上満杯といわれているが、年を追って増加する船舶に船員養成が伴わない。すでに世界の海運界は、熾烈(しれつ)な船員争奪戦が始まっているのである。

「こっちの水は甘いぞ!」「隣の柿は赤いぞ!」とばかり、多くの船員が甘い水(好条件)を求めて移動を始めている。吾輩の所属会社が提携するフィルクルーの雇用会社は老舗だが、それ故に少しあぐらをかき過ぎたようだ。他の雇用会社に比べ、条件が見劣りする状況になった。そのため、上級免状があってもプロモートできない今一の連中が、ごっそりと他社へ引き抜かれてしまったようだ。

フィルクルーの場合、休暇下船時の給料はない。会社と縁が切れる彼らが、より赤い柿の実を求めるのは当然なのである。ひと頃は、雨後の竹の子のようだった部員(甲板員など)も逼迫(ひっぱく)している状況だ。そうした結果、船内でいかなる事象が生じているか、読者でも想像に易い。

彼らの契約期限(9~10カ月)が近づいて、休暇申請を出してもさっぱり返事がない。やっと来た返事は乗船延長。つまり「チョイ待ち」であり、これが日常茶飯になっている。

もはや自国では高額所得者のフィルクルーに長く乗りたい者などいない。早期下船を希望しても「チョイ待ち」続きでは、不満が溜まる一方だ。「欧州の某船社は6カ月で下船らしい」などの風聞に、悪のスパイラルへと引き込まれ始めている。

彼らは総じて陽気なのだが、こうしたダメージには弱く、とたんに陰鬱に転じてしまう。民族性としてガマンが得意でないのだ。「キャプテン・ジーマ、頼む。会社に下ろすように言ってくれ!! 俺はもう2カ月も延長されている。1年も乗っているんだぜ」と嘆願するクルーが日を追って増えている状況だ。

そこで吾輩の秘策は、「君に年老いた婆さんはいないか。上級免状を取る予定はないか。新築で引っ越しの予定はないか」など下船者の境遇を洗い、1つでも優位な下船事情を聞きだして、バックアップの材料を探ることにしている。

ボクシングのジャブは徐々に効いてくる。効いたら一発のストレートでダウンしかねない。船員不足だって同じである。

願わくば、船員担当各位には、こうした現状を正視し、将来を見据え、精神的価値観をも備えた逸材を確保するため、不断の努力をお願いしたい。納得の条件で働く、適正な乗組員がいて、かつ円滑な乗下船ができればトラブルはない。ささやかで、当たり前な船内の融和が安全運航に直結しているのである。
B.Rgds by Capt.Jima

(注)シリーズ第13回は「海員」08年10月号に掲載されたものです。

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