ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第六回】コックローチ奮戦記

コックローチは、誰もが嫌うゴキブリの英語名である。今回は、その大敵との50日間に及ぶ奮戦記をお話しよう。

プサン(韓国)に入港すると検疫官と代理店が乗船した。簡単な質問の後、検疫官はギャレー検査を告げたのである。

「中国からの入港船の必須検査で、ゴキブリを1匹でも発見するとガス薫蒸なんです。大丈夫ですか?」と代理店がいう。

「もちろん、入港前にガス薫蒸したから問題ありません」と、吾輩は胸を張った。

「昨年の入港時、ゴキブリ数匹が発覚。業者によるガス薫蒸で法外な金額を払った、と前任者から聞いた。その時、余分に薫蒸剤を買ったようです」。

「それなら万全ですね」。

ところがギャレーから戻った検疫官の顔が険しい。チーフコックがうなだれている。彼によると調理台の引出しに数匹、床の隅にもいたというのだ。

「入港前に韓国製ガス剤で薫蒸しました。たまたまでしょう」と、吾輩は無理を承知で食い下がったのだが、だめだった。

「ガス薫蒸です。命令です」。

こう言われては観念するしかない。代理店に費用を聞くと、何と日本円で約15万円という。どこかで待っていたように手際よく作業員がやってきた。ギャレーだけだから数時間で終るという。(え!! 入港前のガス薫蒸と同じである。「それで15万円か。このぼったくり!!」と叫びたかったが、飲み込んだ)

この航海は、短期不定期なので1週間後にはチンタオからまたプサンに寄港する。次回また見つかったら赤っ恥だ。乗組員総がかりのゴキブリ作戦が始まった。まず、ゴキブリトラップ(いわゆるゴキブリホイホイ)を出没しそうな場所に仕掛ける。隙間にはスプレー剤を散布することにした。トラップはゴキブリが一杯になるまでは捨てない。これが大事だ。数億年も生き延びてきた知恵者だから、仲間がいない物には入らない。仲間が1、2匹いると安心するのだ。

また、万全を期するため2回のガス薫蒸も行なった。漏れガスが船長室まで上がってきて困ったがガマンである。ギャレーでゴキブリを見かけることもなくなり、一安心であった。

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今回の検疫官は女性である。偏見であるとブーイングが起こりそうだが、これまでの経験則から女性官憲のタイプは一様だ。矜持を正し、正確な業務遂行からカチカチ石頭が多い。これは、男社会での対等意識の現われと思われる。何となく嫌な予感が背筋を走るのである。

戻ってきた女性検疫官は、開口一番「ゴキブリ数匹を発見、業者によるガス薫蒸を実施する」と言い放った。万全な作戦で臨んだ吾輩は叫んだ。「わずか1週間前にも入港し、業者によるガス薫蒸も受けた。その後、航海中に2回ガス薫蒸を実施した状況を理解してください」。

黙って聞いていた女性検疫官はしばらくして、「了解。今回のガス薫蒸は取り下げるが、次回一匹でも発見したら業者にやらせます」と寛大な判断を下したのである。こりゃ、前言を取り消さねばなるまい。

プサンを出ると、一路米国西岸へ向けて平穏な夏の北太平洋航海が始まった。吾輩は数日間、ゴキブリ対策に没頭。結果、一つのアイデアに到達した。「コックローチ・ゼロ・キャンペーン」を張ることである。まず、全乗組員の名前を左に、上に日付をつけた表を作る。全員が毎日、ゴキブリ捕獲(生死を問わず)に努め、チーフコックに申告し、記録する。一定期間に一番多く捕獲したクルーがチャンピオンで相応の景品をゲットできる。

吾輩は宣言した「チャンピオン賞のほかにもたくさん用意したが、マフィア※はダメだ!!」

※「やくざ」の意だが、フィリピンクールの間では「インチキをしたり、ズルする人を指す。

キャンペーン開始から乗組員のフットワークは抜群で、しばらくするとキャビンでは見かけなくなったのだが…。責任重大なギャレー・メンバーは必死だった。棲み処を壊滅する必要がある。

ボスと思しき大きなゴキブリが、ライスボイラー裏のステンレス壁の隙間に逃げ込むの目撃、数匹が出入りするのを突き止めた。そこでチョッサーとボースンに加勢を頼み、ステンレスの壁を剥がすことに…。な、何とそこは、数百匹がうごめく巨大棲み処だったのだ。

スプレーで息の根を止めようとしたが追いつかない。熱湯を浴びせて駆除したのであった。

翌日、報告を受けた吾輩も仰天。ボイラー近くで、縮んだ断熱材とステンレスの間に出来た隙間は、彼らにとって最高の棲み処だったに違いない。隙間をテープで塞ぎ、穴はシリコンで埋めた。

また、ゴキブリは暗闇が大好きだ。夜間、ギャレーを暗闇にして活動を促し、やがて点灯。一気の捕獲作戦も決行したが、彼らはなかなかに賢い。週1回のガス薫蒸も一時的に数が減少するだけでせん滅には至らない。

記録表も1、2匹の捕獲数でこう着状態である。そこで機関長に相談を持ちかけて、あるアイデアを得た。まさに逆転の発想なり。スバラシイ!!

前回から35日目のプサン入港日がやってきた。チーフコックとの事前確認は、(1)水先人乗船時、ギャレーすべての引出しを全開し、ゴキブリが隠れにくくする。(2)隠れやすい隙間には殺虫スプレーを徹底散布する。(3)係船ロープを取り始めた時点で引出しを全閉することである。

着岸しタラップが降りると、直ちに検疫官2人が乗り込んできた。1人はブリッジでなくギャレーへ直行し、しばらくするとブリッジに上がってきて同僚に報告。結果は思惑どおり1匹も見あたらず、パス!! 大成功である。機関長のアイデアは「ゼロが難しければ、検疫官が来た時、ギャレーにゴキブリがいないようにすればいい」であった。

読者は「ゴキブリごときに大人気ない」と思いだろうが、船の遅れと無駄な経費はご法度だ。それ以上に船にとって、乗組員一丸で目的に邁進することが、何よりも換え難いことなのだ。35日後にはまた、プサンへ入港する。
B.rgds by Capt. Jima

(注)シリーズ第6回は「海員」08年3月号に掲載されたものです。

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