ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第五回】ひみつのアッコちゃんは今

読者はその昔「ひみつのアッコちゃん」というアニメがあったのをご存じだろうか?

主人公は、目がくりっとした三つ編みの小学生で、秘密のコンパクトを操り、さまざまに変身しては難問を解決するというストーリーである。初放映は確か40数年前のことで、吾輩が小学生の頃であった。わが家の小さな白黒のテレビで見た記憶がかすかに残っている。

アッコちゃんの父上は、ほとんど表舞台に現れないのだが、外国航路の船長という設定である。その頃すでに、外国旅行の主たる手段が飛行機に移りつつある情勢だったが、船で行く選択肢も残されていた時代だったのかも知れない。とにかくアッコちゃんの父上は、制服制帽に白手袋というカッコいい外航船の船長であった。その頃の船乗りは、誉れ高き憧れの職業だったのである。

それから幾年月が過ぎていった。吾輩もすこぶる素敵な伴侶を得ることが叶って、長女、次女、三女が誕生した頃だから、かれこれ20年以上も前のことである。

それが何とあの「ひみつのアッコちゃん」のリバイバルが放映されたのだ。テレビは無論、大型カラー画面に変わって、すこぶる見やすくなったが、アッコちゃんは初期の頃とまったく変わりなく大満足。ただ、一つだけ残念に思うものがあった。アッコちゃんの父上が船乗りではなく、証券マンに代替わりしていたのである。

当時はちょうどバブル崩壊の時であった。株価は天井をぶち抜く勢いで上昇を続け、金融業界は空前の利益を出していた。大手証券会社などは、入社したての若手社員でも吾ら船乗りが驚愕する信じがたいボーナスを手にした時代である。

斜陽と化した外航海運は激しい国際競争の波にさらされた。コンテナ船などは毎年数十億円の赤字を垂れ流し、相手がぶっ倒れるまで、文字通り血のにじむ思いであえぎ続けた時代であった。人気アニメの父上が斜陽産業の勤め人では様にならない。そこで時代のヒーローたる証券マンがアッコちゃんの父上になったのである。

バルボアからクリストバルへ、パナマ運河通過中

船乗りをこよなく愛す吾輩は非常に悲しんだ。島国日本は、なぜ世界の経済大国になり得たのか。大量の原材料を海外から船で輸入して加工する。それをまた船に積んで海外へ輸出する貿易立国だからである。また、日本の食糧自給率は40%と低い。食糧ですら船で運ばなければ生きてはいけない国が日本でもあるのだ。今や日本を支える生命線ともいえる。その外航海運に乗り組む日本人船員が枯渇状態にあるとは寂しい。

給料が陸上の2倍といわれた時代は、遥かに遠い昔話となった。バブル期には、船に乗らず商船学校から陸上へ就職した仲間の給料と、当時二等航海士であった吾輩の給料は、ほとんど差がなくなっていたのである。

吾輩は銀行、証券、保険など金融業界がなぜか好きになれない。他人のふんどしで相撲を取っているとしか思えないのだ。どう考えても創造、生産、加工といった、いわゆる額に汗する仕事とは思えない。とにかくあのバブル全盛の1980年代は、われら船乗りにとって、それは苦難の時代であった。その頃、「あんた何で船乗りなんかになったの。東京だったら、ほかにも職はあっただろうに」とよく言われたものだ。

しかし吾輩は、国にかかわる仕事として、世界を駆ける船乗りになるために商船学校に入り、船に乗っている。多少苦しくても、そう簡単に辞めるわけにはいかない。

ここで吾輩が共感した一文を紹介したい。雑誌「諸君」2007年7月号、箭内昇氏の「米国流投資ビジネスは必ず破綻する・迷うな日本、『ものづくり』の道を突き進め!」である。米国企業は1800年代後半からこの方、各々が市場の独占を目指し、猛烈な拡張主義を突き進んできた。買収に次ぐ買収、吸収に次ぐ吸収、金融業についていえば、ハイリスク・ハイリターンの数々の投資手法である。

内氏は米国で40年近く金融マンとして活躍した人である。彼は言う「金という力、権謀術数を尽くし、勝てば官軍の世論、こうした風土が買収ファンドの背景になった。長期的戦略に立って着実な設備投資や人材育成で成長を目指してきた日本企業とは対極の風土である」。また彼はこうも言う「圧倒的な情報力と政治力を持つ米国と金融ビジネスで渡り合うことはできない。

しかし、こと「ものづくり」に関しては、技術開発力、生産性、品質などの総合力で、日本はまだまだ世界のトップ水準だ。日本は今、製造業を強化して突き進むべきだ」。

おりしも世界の物流は、中国経済の活況を反映し、右肩上がりの曲線を描いている。13億人超の人口を持つ中国もいずれ製造工場でなくなり、「購買者」になった現在、この物流傾向はそう簡単には止まらないであろう。

金融ビジネスはもちろん重要な基幹産業だが、額に汗する仕事は生活の原点に立つものと思っている。世界をフィールドにする海運業の一翼を担っていると常々思う吾輩である。いつかまた、アッコちゃんの父上が誇り高き船長に戻ることを夢見ていきたい。
B.rgds by Capt. Jima

(注)シリーズ第5回は「海員」08年2月号に掲載されたものです。

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