ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第二回】食糧危機、来る!!

事の発端は3日前であった。 現代の外航船の船長は、月末になると船で処理するお金(フィリピン人船員22人分の給与・雑手当・食料金・その他)の収支報告書を作成し、会社に提出しなければならない。この処理に数日かかるのだ。とくに食料金は、購入代金と消費額を併記したものが必要で面倒だ。さらにビール、コーラ、タバコなどのスロップ(SLOP CHEST=販売報告書)も吾輩の仕事なのである。

月末ともなると、にわかに忙しくなる。その昔、「何にもせん(船)長、言うこと聞かん(機関)長」と揶揄されたものだが、現代の外航船の船長や機関長には、あてはまらないのである。

前置きが長くなったが、そうした3日前からの出来事が今回のテーマである。食料報告書は、帳簿上、月初めの食料金(収入)があって、その後、寄港地での食料購入量と乗組員消費量、代理店ほか来船者の食事がいかほどだったか。そして最後に、月末残高と在庫量が記載される。

大洋航海中が大半の外航船は、常時買い出し不可なのはいうまでもない。昔から余裕の食料管理が暗黙の了解事項なのだ。平たく言えば、帳簿より在庫が上回る食料計上が常識といえよう。ちなみに本船の前月末は、おおむね1000米ドルプラスだったし、吾輩が乗船してからは、ずっとそんな状態が続いていたのである。

在庫調べには、賄い3人組(司厨長・司厨手・ボーイ)があたり、現場をチェックした上で報告するのだが、一応、吾輩もチェックすることにしている。船長暦5年目となり、おおよその見当がつくようになった。それには、積み込み時に抜かりのないチェックを入れることが不可欠なのだ。

肉や魚、野菜などは1パレット(約1.8立方メートル)700~800米ドル相当だから、容積で概算しておくのである。在庫が帳簿上の量を上回っていれば、なんにも気遣うこともなくニッコリ!! そんな場合にはパーティーでも開いて、みんなで少し豪華な食事を楽しむのだ。

フィリピンクルー大好物の焼肉パーティー。食卓がいっそう明るくなった

ところがである。司厨長の交代時にあることなのだが、時に在庫量が少ない。場合によりマイナスのこともあるのだ。後任が食料の仕入れ先の適・不適を把握せぬ時にまま起こる。同じ食品でも港によって値段が違う。どの船も航路と寄港地によって船長が仕入先を決め、良質で安価な食料購入が基本となる。

しかし、在庫がなくて帳簿上に多くある事態は、食べる量を減らすかより安価な食料を仕入れるしか方法はなく、放置すれば後々面倒なことになる。当然だが、こうした場合に会社の穴埋めはない。ひたすら自助努力、自己完結で帳尻を合わせるほかないのである。

この航海の始めの香港で司厨長の交代があった。吾輩はこれまでの学習効果から斜に構えて、「なぁに、前月は約1000米ドルのプラスだったし、積み込み時の概算チェックも抜かりなく終えた。ま、さほどの開きはなかろう」と高をくくっていたのである。

ところがである。フィリピン人新司厨長が持ってきた在庫リストを見て愕然!! なんとマイナス1000米ドルではないか。前月比2000米ドルのマイナス決算なのである。これが本当なら「えらいこっちゃ!!」。

今晩の夕食からでも食料を切りつめないと、本船はクリスマスも正月も迎えられない。

思い起こせば、最初は吾輩が新米船長の頃だった。たっぷり冷や汗をかかされたのだが、この時は単なる計算間違いで胸を撫で下ろしたのだ。しかし、この前の船で、同様に司厨長の交代があり、食料金収支が500米ドル合わない。あの時は、何回もチェックをやり直しさせたが間違いはなく、これを挽回するのに涙ぐましい努力を強いられのである。

例えば、乗組員がオーストラリア沖で釣り上げたアジの干物が何日も朝食に並んだのには参った。さまざまな体験や「昼食は鶏肉少々と野菜のみだった」などの先輩の話が吾輩の頭をぐるぐるとめぐる。

「お~い!新司厨長。もう一度在庫をあたれ! 吾輩の勘定では上海積みの食料がおかしい。賄い3人、寝ずに調べろ!」と檄を飛ばしたのだった。

待つこと2日。船長の孤独で不安な時間がゆっくりと過ぎていった。気が気でない吾輩は、「船長、いくらチェックしても同じだ」と言われたら…。せっかくの楽しい潤いの食生活(これまで黒字だったので吾輩の判断で時々チョコレートやアイスクリーム、ビスケットなどをクルーに出していたのだ)が失われる…。

頭をもたげ、前任の司厨長が残高を嵩上げして下船したか…。いや、そんなことはない。彼は正直者だった。人を疑ってはいけない。インチキなんかしていない、は・ず・だ。

吾輩が「再チェックはまだか?」と催促すると、新司厨長は「すみません、もう一日ほしい。もう一度正確にチェックしたい」と慎重であった。

そうして3日目がやってきた。この日は会社への報告期限だ。そんなプレッシャーも加わって一層長く感じていたのである。昼食後、さっそく彼に「再チェック終わったか?」、「イエッスッサー!!」。元気のいい返事が返ってきた。リストを見せながら、得意げに一つひとつ説明しようとするのを途中で遮って、「細かいことは後でいい、バランスはどうだ?」帳尻を見ていっきに気が緩んだ。

在庫量がプラス600米ドルになっていた。前任者との誤差は約400米ドルといったところだ。新司厨長の最初のチェックが間違っていたのだが、それ以上にボーイのパソコン入力にミスがあったようだ。ほっ!! 昔から食い物の恨みは恐いという。食料は船内融和の最重要ポイントなのである。
B.rgds by Capt. Jima

(注)シリーズ第2回は「海員」07年10月号に掲載されたものです。

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