ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第一回】ジーマ船長 外科医に変身!!

外航船にドクターが乗らなくなり、その後ほんの少しの間、看護婦さん(今は看護師)が乗船。そして衛生管理者の資格を持った乗組員が船内の衛生管理にあたって久しい。中国から米国への航海中、吾輩は冷や汗をふきふき外科医に変身する事態に遭遇することになった。シリーズ第1回は、その顛末をお話しよう。

秋も深まる11月中旬、中国のシェコウという港に停泊中のことである。本船には、陸上ならばアイドルにもなれそうな紅顔可憐な青年が乗り組んでいる。3等機関士として活躍するF君(フィリピン人船員、24歳独身)だ。彼が同僚とエンジンルームで作業中のこと、隣で作業する同僚の手元が滑って、大きなスパナが外れた拍子にF君の右目上部に当たった。

裂傷を負ったのである。したたる血をハンカチで押さえて、直ちに病院へ搬送したのはいうまでもない。間もなく3針縫われて帰船し、事なきを得たのであった。(航海中ならば、主任衛生管理者の吾輩が処置せねばならないところであった)

停泊中、寸暇を惜しんでシリンダーヘッドの修理。
どこをさわっても熱い

ところがである。治療方法も進んだ現代だから当然、中国の医者も「溶ける糸」で縫ってくれていると思ったのだが、なんと従来の黒い外科糸で縫われていたのだ。こりゃ、抜糸が必要ということである。吾輩もかつて、東京高輪船員保険病院(現・せんぽ東京高輪病院)で40日間の衛生管理者再講習を受けたのだ。一応、縫合と抜糸の実習済みなのだが、生体での経験はなく、不安といえば不安であった。

出港5日目、マニュアルどおり抜糸せねばならないが…。ま、なんとかなるだろう。さっそくF君を呼び抜糸を告げた。神妙な顔のF君の傷口を見た。ん?! 何だこりゃ。中国のへぼ医者め!! ふつうはIの字に一つ一つ縫うのだが、Z字の変形のようにギザギザなのである。

1つ目の糸は割合簡単に手術用ハサミで切れたのだが、そのほかの糸はごちゃごちゃで結び目がどこだかわからない。紅顔可憐なアイドル顔をさらに傷つけたら大変!! うらまれるどころでは済まないだろう。一応、衛生管理者のアシスタントに指名している2等航海士に虫メガネを持たせながら、にじみ出る汗をふきふき格闘すること10分余り。なんとか新たな傷をつけることなく、無事に抜糸は完了したのであった。

吾輩が若い頃の外航海運では、ボトルシップ作りが盛んで熱中したものだった。とにかく細かい作業で、息をこらえ指先に神経を集中したことを思い出す。こんな記憶が今回生かせたような気がする。そういえば、外科医の世界もプラモデルやボトルシップ、帆船模型作りを趣味にする人が多く、スキルアップを目的にしている医師もいると聞いたことがある。

4万総トン級のコンテナ船のエンジンは巨大で、7気筒3万馬力とを超える

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不安げだったF君は、吾輩の「大丈夫、まかせろ!!」という、根拠のない自信に戸惑いながらも、じっとしていてくれて助かった。曰く「ドクター・ジーマ、ありがとう!!」と涙を流さんばかりの感謝ぶりに吾輩、大いに気を良くしたのである。現代の外航船船長は、社長、課長、小使い、裁判官、郵便屋、金庫番、そして医者の役までもマルチにこなさねばならない。

大変といえば大変だが、乗組員に喜ばれることを楽しく思える人物なら、この仕事は捨てがたいものなのだ。では、また。
B.rgds by Capt. Jima

(注)シリーズ第1回は「海員」07年9月号に掲載されたものです。

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