ジーマ船長

ジーマ船長の 痛快!!「船内は時化模様」

【第二十二回】ダンダン

「だんだん」は島根地方の方言で「ありがとう」という意味である。NHKの朝ドラをご覧の人ならすぐわかるだろう。東京の西の外れで育った吾輩は、ドラマの中で主人公の若い娘が「だんだん」と言っても、今ひとつピンとこないのである。

辞書を引いてみると、これまた、意味はいろいろとあるものだ。名詞的用法は「いくつかの段のあるもの」とか「事柄の1つ1つ」。副詞的な用法としては「きれぎれ」「しだいしだいに」などがある。また、京都の遊里(ゆうり)で用いられた言葉として「いろいろ」という意味で「だんだん、ありがとう」の意と記されている。「段々畑」とか「あいつはだんだん仕事になれてきた」など、われわれが普段使う言葉としては「しだいにしだいに」との意味が多い気がする。

吾輩はじめ日本人クルーは、前述のような使い方をしているのだが、ある時フィリピンクルーが「ダンダン」としゃべるのを小耳にした。それは、件の朝ドラが始まる前のことである。

訓練で救命艇(ボート)を降ろし始めた時、チョッサー(1等航海士)がウインチ操作を始めたボースンに「ダンダン」と言っていたのだ。どうもわれら日本人と同じ「徐々に」とか「じわじわと」といったニュアンスで使っているようなのだ。

船では、さまざまな場面で「ダンダン」が使われる。月1回実施する非常訓練を「操練(そうれん)」と呼び、ボートをデッキ(上甲板)のレベルまで降下する。また、3カ月ごとにクルーを乗せた状態で水面近くまで降下し、ランチングといって離脱装置で水面にボートを落下させることが決まりなのだ。沈没時の船体放棄や人命救助などの非常時には、ランチングで素早く本船から離れなければならない。操練はそのための訓練なのだが、ランチングは非常に危険でもある。

船乗り30年余の吾輩は、ランチングによるケガや死亡例を幾度となく見聞きしてきた。当然、訓練はテキパキと行う必要があるが、同時に「ダンダン」とやることも必要だ。周囲の状況を見極め「じわっと」かつ機敏に実行しなければならない。

ボートのラッシング(固縛)ワイヤーのストッパー(止め金)は確実に外れているか? 降下中にどこかへ引っかからないか? ダビット(降下装置の腕の部分)は均等に作動しているか? そんなところに目を配りながら「ダンダン」とボートを降下していくのである。

ランチングに際して、ボートと海面の高さ加減が非常に重要だ。1.5m以上あると、落下時の衝撃が強く大ケガになりかねない。逆に少なすぎると、波に叩かれて離脱装置が誤作動し、ボート前後のフックが外れてしまう。片方が外れると大変危険な状態になる。吾輩ほどのキャリアを積むと、ブリッジからでも水面とボートの距離がどのぐらいか読めるのである。

ほかにはメーンエンジンの潤滑油がある。注油量の限界点も難しいものの一つだ。潤滑油は高価だから、会社は「一定の理論基準量に近づけよ」と言ってくる。チェンジャー(機関長)とすれば、現在の注油量で問題がなければ、現状維持にしておきたい。そこで両者の中間点を探るべく「ダンダン」。なんとも涙ぐましい。限界点を下げ過ぎると、シリンダーライナーが磨耗して大変なことになる。その反対に潤滑油が多ければ、異常磨耗の原因になるのだ。

また、こんな場面もある。港内で錨泊中に風が強くなってきた。こうした場合、様子を見るか、錨を揚げて沖出し(船を港外へ出す)か、二者択一だが、風速 20m/s以上の風が続くようなら即、沖出しだ。悩ましいのはダンダン――。徐々に強くなったり、強弱を繰り返す場合である。しかも風速が15m/sくらいの時が一番困る。

17万重量トンの鉄鉱石船がバラスト状態(貨物を積んでいない)で錨泊中であるとしよう。錨が良く利いている錨地で、錨鎖を11節(約300m)まで伸ばしていて、潮流がないのであれば15m/sまでは大丈夫だろう。ここを越えた時が要注意なのだ。

「ダンダン」と強くなってきたら、吾輩は迷わず錨を揚げて、さっさと逃げることにしている。錨が引けた船は、糸の切れた凧の状態と同じで操船不能に陥るのだ。迷った時は少々文句を言われようが、安全サイドを取るのが鉄則なのである。

だんだん下げてね

そして最後にもう一つ。それは吾輩たち船乗りの生活空間、文字どおり「鉄の箱」である船内の空調管理である。

船は、鼻水が凍り、波涛逆巻く極寒のベーリング海から、焼けつくような陽射しの赤道海域まで、実に多様な環境におかれている。

エアコンの保守・管理は、昔からサードエンジニア(三等機関士)の担当だ。暑さにめっぽう弱いカッパの吾輩は、ちょっと暑いだけで皿の水が干上がりダレダレの状態になってしまうのである。

最近の吾輩は、船齢15年を過ぎた船ばかりに乗せられているようだ。こうした老朽船は概してエアコンの効きが悪い。赤道海域を通過するときが特に憂鬱なのである。そこで、三機士をおだてて、機関長を持ち上げて、何とか少しでも冷やしてもらおうと努めている。

モーターベルトの調整や冷媒の充填はもちろんのことだが、肝心なのは設定温度である。適正温度は18~24度(鉄製の船は、外気と機関室の熱気で船体が発熱しており、陸上よりかなり低い設定)である。熱帯海域でここまで下げるのが難しい船もあるが、そこは機関長の指揮の下、設定温度を「ダンダン」と下げてもらえれば良いのである。急に下げて、エアコンがお釈迦になったのでは話にならない。

フィリピンクルーが話す「ダンダン」はタガログ語。正確に発音を記せば「ダハン、ダハン」に近い。何でも急激はいけない、「ダンダン」とやるのが肝要だ。
B.rgds by Capt. Jima

(注)シリーズ第22回は「海員」09年7月号に掲載されたものです。

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